荒野の花嫁
The Saddle Bride
by Teresa Ann Wood

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《 解 説 》

 ここらあたりで時代劇をひとつ。‥‥いや、アメリカで「時代劇」といえば、むろん「西部劇」です。

 FictionManiaにも、中世ヨーロッパなどを舞台にした時代小説が(特に「魔法による変身」を扱ったものには)けっこうあります。ところが、西部ものとなると(アメリカンエンターテインメントの王道だというのに)意外に少ないようです。荒くれ者がたむろするフロンティアは、あまりに男臭くて、女装が入り込む余地がないということでしょうか。

 そんな中、この小説は、まさにその荒くれ者の世界を舞台に、魅力的な女装物語を成立させています。
 作者の序文によれば、時代設定は1870年代。南北戦争終結から10年がたち、大陸横断鉄道が敷かれて間もなく。開拓すべき土地にも限界が見え、そろそろフロンティアが消滅していく時代です。映画『明日に向って撃て』よりほんのちょっと前といえばわかりやすいでしょうか。
 成功を求めて西部にやってきた移民の男たちが、夢破れ、無法者と化していく。
 そんな時代に翻弄される美しい少年の‥‥女のロマン。作者はそれを丹念に描き出していきます。
 最初は誤解と暴力によって「女」にされた主人公が、やがて愛に目覚めていく姿は、その過程の心理描写がきめ細かく、しかも、押しつけがましくありません。
 作者の丹念さはセックス描写にもおよび、この手の小説にありがちな過剰な形容でごまかしたりせず、具体的な行為のディテールと、双方の心理のあやを並べていく筆致は、エロティシズムとともに、人間の悲しさやおかしみさえ匂います。(一文の中に、‥‥,but‥‥,but‥‥と繰り返すことで、心の揺れを表す手法を訳すのはちょっと苦労しましたが。)
 そんな丹念さがあるからこそ、悲惨とも言えるストーリー展開も、ちょっと神秘がかった変身過程も、さらりと書かれたハッピーエンドも、素直に受け入れられます。

 西部劇らしく「荒野の花嫁」としましたが、原題の“The Saddle Bride”を直訳すれば「鞍(くら)の花嫁」。もう少ししゃれた言い方をするなら「馬上の花嫁」というところでしょうか。
 ただし、この言葉は本文中に何度も登場し、うまい訳語が見つからず、そこではそのまま「サドルブライド」としています。使われている意味としては「無法者が金品とともに略奪し、馬に乗せて連れ帰った花嫁」というようなこと。また、「古くなったら、鞍のように乗り捨てられる女」という意味も込められているようです。‘saddle’は、動詞として使うと「鞍をはめる」→「(人を思い通り)支配する」という意味にもなりますから、まあ、ある種の「監禁飼育小説」ではあるわけです。
 ‘saddle’の中には、‘sad’(悲しみ)と‘addle’(錯乱する)が隠れている‥‥というのは、英語知らずの深読みかもしれませんが。


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