リーズナブル
Reasonable
 アメリカで女装テーマのネット小説を何作も発表しているブランディ・デュインターさんの長編小説。

 これを訳したのは、たぶん1997〜98年頃。私の個人史で言えば、既存の13作を並べてこのサイトをオープンしてから1年半、なんだか、ほとんどのことはやりつくし、アイデアが枯渇した(と感じてた)時期です。で、この小説を訳してみて目を開かされました。「なるほど。こういうテーマをこういうふうに書けばいいんだ」と。だから、すごく影響を受けたと言っていい作品です。「ハワイアン・ハーモニック・ハネムーン」とか「フューチャー・トレーディング」には、その影響がモロに出ています。

 文字通りスジの通ったストーリーとロジカルなジェンダー論、過不足ない状況描写と女装ディテールの細かさ、心のひだをうがちながらもあくまで具体的な心理描写、「ハーレクイン」ばりのロマンチックなラブシーン、構造そのものがスリリングなセックスシーン‥‥そこに、いかにもアメリカふうの軽くてアイロニカルなユーモアをふりかけ、きわどいモラルバランスの上に、けっして品が悪くならないエンターテインメントを成立させている。そんな作者の力量はたいしたものです。まさしく「女装小説の傑作」だと思います(ま、とってつけたようなハリウッドコメディふうオチは、この際、置いといて)。

 英語のレトリックとしてもそうとう凝ったもののようで、学生時代、英語がいちばん苦手だった(文系なのに!)私には、まったくの難物でした。一文が長いし、(修飾関係に含みを持たせるため?)語順はぐちゃぐちゃだし、ダブルミーニングらしい単語が頻出するし‥‥。だから、誤訳や、意を拾いきっていないところも多いと思います。お許しください。

 そんな中で、特に、どう訳すか悩んだのが、題名であり、文中にも何十回と出てくる「 reasonable 」という言葉。安売り量販店と広告代理店とコピーライター(すんません!)のせいで、日本ではかなり偏った意味に使われているこの「リーズナブル」ですが、本来の意味は、「納得のいく」とか「理にかなった」とか「論理的必然性のある」とかいうこと。reason が able なわけです。
 しかし、この小説では、会話の中で多用されるので、そういうカタい訳語ではなじみません。しかも、文脈によりいろんな意味合いで使われています。その場その場で適当な日本語をあてればラクなんでしょうが、作品のキーワードでもあり、どうせなら、一語のこなれた日本語で通したい。で、考えた末、使ったのが「まとも」という言葉でした。文中、この「まとも」が出てきたら「 reasonable 」なんだと思って読んでください。

 まあ、私は、「女装小説」にとっていちばん大切なのは、この reasonable だと思っているわけですが。
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